わざわざ出雲まで足を伸ばした以上、近くの日本一と世界一も堪能しなければもったいない。今回はその二つを紹介します。

日本一は数々あれども、アメリカの日本庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」が7年連続で「庭園日本一」に選ぶのが安来市にある
足立美術館だ。フランスの旅行ガイド『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』でも、同美術館の「日本庭園」が山陰エリアで唯一の三つ星になっている。
美術館は山あいの田園の中にあり、エントランスから続く回廊に沿ってさまざまな庭が目に飛び込んでくる。庭の面積は東京ドーム3.5個分に匹敵する約5万坪。背後の自然を巧みに借景していて、遠くの山まで続くかのような錯覚にとらわれる。

創設者である故足立全康の「庭園もまた一幅の絵画だ」の言葉通り、館内の窓がそのまま額縁となって景色を切り取る演出も凝らされる。照明を落とした回廊から窓越しに眺める庭は、手前の大木の樹陰と敷き詰めた白砂、手入れの行き届いた植栽の緑が鮮やかなコントラストとなり、琳派の絵を見るかのようであった。
苔庭、枯山水庭、池庭、そして、横山大観の名作「白砂青松」をイメージして造られた白砂青松庭には、毎日、専属の庭師が掃除や除草などを行うおかげで葉っぱ一枚落ちていない。途方もない手間と金がかけられていることを知るのである。

美術品は近代日本画壇をリードした巨匠たちの秀作が揃う。安来から大阪へ出て、裸一貫から事業を起こした足立翁が、若いころ古美術店のショーウインドウで見た大観の絵に感動し、「いつか大観が買えるぐらいの商売人になろう」と粉骨砕身、働いたことが、質量とも日本一と言われる大観コクレションに結実している。
庭園の美も素晴らしいが、これだけの日本画の傑作を一度に堪能できる美術館は数少ない。まさに、ふたつの日本一に眼福は極まった。

世界一はというと鳥取県の三朝温泉である。三朝温泉はラジウム泉を利用した温泉医療のメッカとして知られ、温泉街には温泉病院や大学病院もある。中でも
旅館大橋の自家源泉のトリウム泉は世界一の濃度とされ、これを体感するために足立美術館から車を飛ばしたのだった。

旅館大橋は昭和7年の創業で、建物は国の登録有形文化財にも指定され、銘木を使った贅沢な普請も見どころのひとつ。通された「梅の間」は床柱に梅が使われ、大きく取った窓から眺める三徳川の流れが目にやさしい。
早速、大浴場へ行く。名物の巌窟の湯は交代制になっていて、日中は女性の利用。男性はラジウム泉の内風呂と露天風呂、源泉をミスト状にした低温サウナのほうを使う。

ラジウムが崩壊してできる放射性物質のラドンが皮膚や鼻から体内に入ると、人間の体はそれを排出しようとして細胞が活性化し、血行やリンパの流れが促進され新陳代謝が活発になる。これがラジウム泉ならではのホルミシス効果で、免疫力や自然治癒力がアップするというわけだ。がんにも効くと評判の秋田・玉川温泉の岩盤浴も、これと同じ理屈である。
夕食後、満を持して巌窟の湯へ。中は三徳川の河原をそのまま建屋で覆ったようなつくりで、天然の巌の割れ目から湯が湧き出し、それがそのまま湯船になっているのである。湯船は上之湯、中之湯、下之湯の3つあり、トリウム泉が湧くのは上之湯だけ。温泉の世界遺産とも言うべき湯であり、厳粛な気持ちでつかった。
中之湯、下之湯に比べてややぬるい。湯が体をすべるようであり、刺激は全くない。天然そのものの凸凹した湯船の中で座りやすい場所を探し、ラドンをどん欲に吸収しようと深呼吸を繰り返した。入浴後、汗の引く時間がいつもよりかなり長くかかった。

大橋の魅力はまだある。食事がいいのだ。国から「現代の名工」に選ばれた知久馬惣一料理長が腕をふるうのだから、当然と言えば当然かもしれない。
イカ素麺はじめ13品が七夕飾りのように並ぶ先付けのセンスのよさ。近海で揚がったマグロ、カレイ、サザエの刺身の皿盛りを蝋燭の火で演出する遊び心。椀物は夏らしくさっぱりとしながらも、穴子の甘みと脂が舌先で踊る。栄養価抜群の山菜シオデを使った創作豆腐は、鮮やかな緑に香ばしさがはじけた。

家族と美味いを連発し合っているところへ知久馬料理長が登場され、東伯牛のステーキを炭火で直々に炙っていただいた。「料理は歌と同じで強弱やリズムが大切」などの料理哲学を聞くこともでき、メインディッシュの味はさらに深くなった。

普通なら後はご飯と汁、デザートを残すだけだが、馳走は延長戦さながらに続いた。大橋風鮑ステーキがあり、冷やし鉢は夏野菜と玉子〆、さらにミルクたっぷりの夏牡蠣と旬の地元食材のオールスターゲームであった。
これだけ食べればウエートオーバーは必定。しかし、不思議なことに翌朝から数日、お通じの回数が増えて現状を維持したのには驚いた。これもホルミシス効果のひとつかもしれない。三朝恐るべしである。
posted by ライターハウス at 13:53|
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